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東京高等裁判所 平成8年(ネ)3400号 判決 1997年6月05日

控訴人

有限会社アール・エス・ティー

右代表者代表取締役

尾崎麗子

右訴訟代理人弁護士

松石献治

被控訴人

馮春華

右訴訟代理人弁護士

小川休衛

吉岡毅

岡本聡治

被控訴人

株式会社トップ洋品店

右代表者代表取締役

山崎博幸

右訴訟代理人弁護士

神部範生

被控訴人

稲川英一

右訴訟代理人弁護士

臼田尚

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人と各被控訴人との間において、原判決別紙物件目録記載の各店舗等の賃貸借契約の平成五年七月一日からの賃料(管理料込み)が、一か月につき、それぞれ次の各被控訴人別、各室別記載の金額であることを確認する。

1  被控訴人馮春華

原判決別紙物件目録(一)記載の店舗 金四七万四五二九円

2  被控訴人株式会社トップ洋品店

原判決別紙物件目録(二)イ記載の店舗 金三八万〇六九〇円

原判決別紙物件目録(二)ロ記載の室 金六万〇〇三七円

合計 金四四万〇七二七円

3  被控訴人稲川英一

原判決別紙物件目録(三)イ記載の診療所及び同(三)ロ記載の室

金三七万八二六四円

三  被控訴人馮春華は、控訴人に対し、金三万一三六四円及び内金三万〇四五〇円に対する平成五年九月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

四  被控訴人馮春華は、控訴人に対し、平成五年九月一日から毎月末日限り一か月につき金一二万六七一六円の割合による金員、及び各内金一二万三〇二六円に対する各翌月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

五  被控訴人株式会社トップ洋品店は、控訴人に対し、平成五年七月一日から毎月末日限り一か月につき金一一万七六八九円の割合による金員、及び各内金一一万四二六二円に対する各翌月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

六  被控訴人稲川英一は、控訴人に対し、平成五年七月一日から毎月末日限り一か月につき金一〇万一〇一〇円の割合による金員、及び各内金九万八〇六八円に対する各翌月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

七  控訴人のそのほかの請求を棄却する。

八  訴訟費用は、第一、二審とも、これを一〇分し、その一を控訴人のその残りを被控訴人らの負担とする。

九  本判決の三ないし六項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人と各被控訴人との間において、原判決別紙物件目録記載の各店舗等の賃貸借契約の平成五年七月一日からの賃料(管理料込み)が、一か月につき、それぞれ次の各被控訴人別、各室別記載の金額であることを確認する。

(一) 被控訴人馮春華

原判決別紙物件目録(一)記載の店舗 金五〇万二三〇〇円

(二) 被控訴人株式会社トップ洋品店

原判決別紙物件目録(二)イ記載の店舗 金三八万八〇〇〇円

原判決別紙物件目録(二)ロ記載の室 金六万四〇〇〇円

合計 金四五万二〇〇〇円

(三) 被控訴人稲川英一

原判決別紙物件目録(三)イ記載の診療所及び同(三)ロ記載の室

金三九万一三〇〇円

3  被控訴人馮春華は、控訴人に対し、平成五年七月一日から毎月末日限り一か月につき金一五万五三二一円の割合による金員、及び各内金一五万〇七九七円に対する各翌月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

4  被控訴人株式会社トップ洋品店は、控訴人に対し、平成五年七月一日から毎月末日限り一か月につき金一二万九三〇二円の割合による金員、及び各内金一二万五五三五円に対する各翌月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

5  被控訴人稲川英一は、控訴人に対し、平成五年七月一日から毎月末日限り一か月につき金一一万四四三八円の割合による金員、及び各内金一一万一一〇四円に対する各翌月一日から支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

6  3ないし5項につき仮執行の宣言

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二  事案の概要

一  本件は、賃貸人である控訴人が、賃借人である被控訴人らに対し、東京銀座の中心部(みゆき通りと西銀座通りの角地)にある賃貸店舗等(原判決別紙物件目録記載の店舗等)について、増額賃料の確認等を求めている事案である。

原判決は、控訴人の請求の一部を認容して、次のとおり賃料を確認するとともに、これを前提として差額賃料及び利息の支払いを命じた。

(一)  被控訴人馮春華

原判決別紙物件目録(一)記載の店舗(地階66.11平方メートル)

金三九万一一〇〇円

(二)  被控訴人株式会社トップ洋品店

原判決別紙物件目録(二)イ記載の店舗(一階33.35平方メートル)

金三二万七六〇〇円

原判決別紙物件目録(二)ロ記載の室(四階9.90平方メートル)

金四万九二〇〇円

合計 金三七万六八〇〇円

(三)  被控訴人稲川英一

原判決別紙物件目録(三)イ記載の診療所(二階33.03平方メートル)及び同(三)ロ記載の室(四階18.43平方メートル)

金三一万二四〇〇円

これに対して、控訴人から不服の申立てがあった。

二  右のほかの事案の概要は、次に記載するほか、原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

原判決は、原審における若林鑑定の結果を採用したものであるが、原判決のように増額されても、なお、控訴人は被控訴人らへの賃貸により損失を被り、その損失額は、平成三年の賃料増額時より拡大するのである。また、被控訴人らの現在の賃料は、同じ建物内の他の賃貸事例の場合の賃料の約五分の一という低額である。このように、従前の賃料は、あまりにも不相当なものであったのであり、相当額まで増額する必要がある。控訴人は、将来における固定資産税等の増徴に伴う地代の増額等を考慮に入れない場合、次のような金額にまで増額すべきものと考えているが、一挙にそのような金額まで増額することは許されないので、今回は、請求額にとどめたものである。

控訴人が現時点で最終的に妥当と考える金額

被控訴人馮 金九二万一五一七円

被控訴人株式会社トップ洋品店

金八七万二七四二円

被控訴人稲川 金六六万九一九九円

(被控訴人らの当審における主張)

原判決は、若林鑑定の金額により判決しており、不満はあるが、控訴はしていない。近年における固定資産税等の増徴は、地価の下落が続いている現在、理由のないものであって、地代は増額すべきものではない。本件建物の敷地について、土地所有者と借地人との間に、地代を固定資産税等相当額の2.4倍とする約定があっても、その約定は無効である。そして、本件建物内の他の賃貸事例をもとに、被控訴人らの賃料を云々すべきではない。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、本件の相当賃料を次のとおり判断する。

(一)  被控訴人馮春華

原判決別紙物件目録(一)記載の店舗 金四七万四五二九円

(二)  被控訴人株式会社トップ洋品店

原判決別紙物件目録(二)イ記載の店舗 金三八万〇六九〇円

原判決別紙物件目録(二)ロ記載の室 金六万〇〇三七円

合計 金四四万〇七二七円

(三)  被控訴人稲川英一

原判決別紙物件目録(三)イ記載の診療所及び同(三)ロ記載の室

金三七万八二六四円

その理由は、次のとおりである。

1 平成五年七月一日の賃料増額の意思表示

控訴人が平成五年七月一日、被控訴人らに対して、原判決別紙物件目録記載の各店舗等の賃貸借契約の平成五年七月一日からの賃料(管理料込み)を、前記第一、一、2記載の金額に増額する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

2 従前の賃料の実情

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件の月額賃料は、従前次のとおり推移してきた(弁論の全趣旨)。

(1) 被控訴人馮春華

原判決別紙物件目録(一)記載の店舗

昭和四五年七月以降

金五万七六〇〇円

昭和五〇年から五五年九月まで不明昭和五五年一〇月以降

金一二万三〇〇〇円

昭和五六年一月以降

金一二万七〇〇〇円

昭和五七年一月以降

金一三万一〇〇〇円

昭和五九年一月以降

金一四万六一〇〇円

昭和六三年六月以降

(東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第一七八三九号判決による)

金二三万四〇一〇円

平成三年六月以降

(東京地方裁判所平成三年(ワ)第一一七二〇号判決による)

金三五万一五〇三円

(2) 被控訴人株式会社トップ洋品店

昭和三二年一月以降

金三万五〇〇〇円

昭和五三年まで不明

昭和五三年以降

金一一万五〇〇〇円

昭和五四年四月以降

金一一万九〇〇〇円

昭和五五年四月以降 金一三万円

和五七年二月以降

金一三万四〇〇〇円

昭和五八年三月以降

金一三万八〇〇〇円

昭和五九年三月以降

金一六万三〇〇〇円

昭和六三年六月以降

(東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第一七八三九号判決による)

金二三万九〇七〇円

平成三年六月以降

(東京地方裁判所平成三年(ワ)第一一七二〇号判決による)

原判決別紙物件目録(二)イ記載の店舗 金二八万一九九三円

原判決別紙物件目録(二)ロ記載の室 金四万四四七二円

合計 金三二万六四六五円

(3) 被控訴人稲川英一

原判決別紙物件目録(三)イ記載の診療所及び同(三)ロ記載の室

平成三年三月までの供託額

金一八万九〇〇〇円

平成三年三月からの供託額

金二二万六八〇〇円

平成三年六月以降

(東京地方裁判所平成三年(ワ)第一一七二〇号判決による)

金二八万〇一九六円

(二)  これに対し、控訴人が、本件貸室を含む全体の建物(本件建物。地下一階地上四階建)の敷地(98.26平方メートル)について支払う月額地代は、次のとおり推移した(甲一九)。

昭和五九年 金五七万五四九〇円

昭和六〇年 金六一万五四五〇円

昭和六一年 金六七万七〇〇〇円

昭和六二年 金七四万二九三九円

昭和六三年 金八九万一六二八円

平成元年 金一一一万六三四八円

平成二年 金一一八万三三二五円

平成三年 金一三六万〇八四二円

平成四年 金一五六万四九四八円

平成五年 金一六九万〇四六五円

平成六年 金一八五万九五一一円

平成七年 金一九九万八九七二円

平成八年 金二〇九万八九二二円

(三)  右の地代のうち平成五年分の月額一六九万〇四六五円をもとに、これを全体の貸室中の各貸室の効用比率により振り分けて、被控訴人らの賃借室の分を計算すると、次のとおりである(甲一九)。そしてその金額と平成三年の各室賃料との差額、すなわち、控訴人が受けとる各貸室の賃料から土地所有者に支払う地代相当額を差し引いた残りの金額は、次に示すとおりである。

地代の額   賃料の残りの金額

馮の場合   三一万九三二九円 三万二一七四円

トップ洋品店の場合 三五万一一〇九円 マイナス二万四六四四円

稲川歯科の場合  二三万二九四六円 四万七二五〇円

控訴人は、被控訴人らへの賃貸のために、地代のほか、本件建物の買受け資金(五億円)の金利(年利三パーセントの計算)及び経費(一般管理費を除く、水道代、電気代、管理費、修繕費等の支出)を負担しているが、その金額(五年通算月当たり金額)を、全体の貸室中の各貸室の効用比率により、振り分けると、次<表1 編注>のとおりである(甲一、一九)。

これによると、控訴人は、被控訴人らへの賃貸により毎月損失を被っていることとなるが、その金額(右の合計額から前記の賃料の残りの金額を控除した額)は、次のとおりとなる。

控訴人の損失額

馮の場合 二一万九四七四円

トップ洋品店の場合

二六万〇二八四円

稲川歯科の場合 一三万四一一〇円

(四)  控訴人は、本件建物の三階北側の室を銀座ヨットクラブに、二階南側の室と三階南側の室をグッドタイムに賃貸しており、その貸室面積と月額賃料は、次のとおりである(甲一九)。

貸室面積    月額賃料

銀座ヨットクラブ 33.03平方メートル 七二万八一五五円

グッドタイム二階 33.03平方メートル 八五万四三六八円

グッドタイム三階 33.03平方メートル 六九万九〇二九円

右の賃料の額に、分母に銀座ヨットクラブまたはグッドタイムの貸室の効用比率を、分子にそれぞれの被控訴人の貸室の効用比率をおく数値を乗じて、銀座ヨットクラブまたはグッドタイム並みの賃料水準を求めると、次のとおりである。

表1

金利

経費

合計

馮の場合

二三万円

二一万八七五〇円

二五万一六四八円

トップ洋品店の場合

二一万八七五〇円

一万六八九〇円

二三万五六四〇円

稲川歯科の場合

一六万七五〇〇円

一万三八六〇円

一八万一三六〇円

(1) 銀座ヨットクラブ並みの賃料

月額賃料

馮の場合 一六七万四七五六円

トップ洋品店の場合

一五九万二八三九円

稲川歯科の場合

一二一万九六五九円

(2) グッドタイム二階並みの賃料

月額賃料

馮の場合 一六三万七五三八円

トップ洋品店の場合

一五五万七四四一円

稲川歯科の場合

一一九万二五五五円

(3) グッドタイム三階並みの賃料

月額賃料

馮の場合 一六〇万七七六六円

トップ洋品店の場合

一五二万九一二五円

稲川歯科の場合一一七万〇八七三円

(4) 右(1)ないし(3)の平均値

月額賃料

馮の場合 一六四万〇〇二〇円

トップ洋品店の場合

一五五万九八〇一円

稲川歯科の場合一一九万四三六二円

そして、平成三年に定められた賃料の、右の(4)の他の貸室並みの賃料に対する比率を計算すると、次のとおりである。

他の貸室並みの賃料に対する比率

馮の場合 21.43パーセント

トップ洋品店の場合

20.92パーセント

稲川歯科の場合

23.45パーセント

右の(三)及び(四)記載の事実をもとに判断すると、平成三年に定められた賃料は、平成五年において、相当な賃料であったとはいえず、むしろ明らかに相当性を失っていたものであって、これを増額する必要があったことが明らかである。

3 鑑定額についての判断

本件においては、若林鑑定人による次の鑑定額が示されている。

(一)  被控訴人馮春華

原判決別紙物件目録(一)記載の店舗 金三九万一一〇〇円

(二)  被控訴人株式会社トップ洋品店

原判決別紙物件目録(二)イ記載の店舗 金三二万七六〇〇円

原判決別紙物件目録(二)ロ記載の室 金四万九二〇〇円

合計 金三七万六八〇〇円

(三)  被控訴人稲川英一

原判決別紙物件目録(三)イ記載の診療所及び同(三)ロ記載の室

金三一万二四〇〇円

しかしながら、右の鑑定においては、控訴人が被控訴人らに対する賃貸により損失を被っている事実や、被控訴人らの支払う賃料の額が、同じ建物内の賃料に比較して明らかに相当性を失っている事実を考慮した形跡が認められず、右の鑑定額では、賃料の増加金額がそれぞれの貸室についての地代の額の増加額を下回り、控訴人が賃貸により被る損失の額が増加する結果となって(甲一九参照)、不相当であると認められるから、これを採用することができない。

4 相当賃料額

本件のように従前の賃料が相当性を大きく失っている場合には、従前の賃料を相当性が回復されるまで、増額するべきものであり、単に従前の賃料をもとに物価水準等によるスライド方式によって算定する方法では、適正な賃料を定めることはできない。しかしながら、継続的な契約関係にある賃貸借のもとで、一挙に賃料を激変させることは、相当とはいえないから、そのような激変を緩和しながら、増額するほかないものである。

本件の場合、控訴人が賃貸による損失を被らない程度に増額するとすると、賃料月額及び従前の賃料からの増額割合は、次のとおりとなる。

月額賃料   増額割合

馮の場合    五七万〇九七七円 62.4パーセント増

トップ洋品店の場合 五八万六七四九円 79.7パーセント増

稲川歯科の場合  四一万四三〇六円 47.8パーセント増

また、他の貸室並みの賃料の半額まで増額するとすると、その賃料月額及び従前の賃料からの増額割合は、次のとおりとなる。

月額賃料   増額割合

馮の場合   八二万〇〇一〇円 133.2パーセント増

トップ洋品店の場合 七七万九九〇〇円 138.8パーセント増

稲川歯科の場合  五九万七一八一円 113.1パーセント増

右の増額は、賃貸人が損失を被らない程度であるとか、他の賃料並みの半額であるとかいうもので、控えめのものであるが、そのように増額するとしても、その増額割合は、あまりに大きく、このような増額は、激変緩和の観点から相当とはいえない。そして、近年の賃料増額の大きな要因となっている地代の増額の割合(それは、そのまま固定資産税等の増額割合である。)が、平成三年度と平成五年度の間で、24.2パーセントにとどまっていることを考慮して、今回の増額は、おおむね三五パーセントの増額にとどめるのが相当であると判断する。この増額割合は、これまでの昭和六三年の増額割合(馮の場合60.1パーセント増、トップ洋品店の場合46.7パーセント増)あるいは平成三年度の増額割合(馮の場合50.2パーセント増、トップ洋品店の場合36.5パーセント増、稲川歯科の場合23.5パーセント増)と比較しても、相当な範囲内であると判断される。

このような検討の結果、平成五年七月一日の増額の意思表示により、次のとおり増額されたものと認められる。

月額賃料

馮の場合 四七万四五二九円

トップ洋品店の場合

四四万〇七二七円

稲川歯科の場合 三七万八二六四円

5 被控訴人らの主張に対する判断

(一)  固定資産税等の増額に伴う地代の増額について

証拠(甲五、一九)によると、本件建物の敷地である東京都中央区銀座五丁目一〇五番二九宅地98.26平方メートルの地代について、その土地所有者である坂口健児ほかと、借地人である控訴人の間で、従前から、その額を敷地に課される固定資産税及び都市計画税の合計額の2.4倍とする約定があり、控訴人は、これを支払っていることが認められる。

被控訴人らは、最近における固定資産税等の高額化のもとで、地代を固定資産税等の2.4倍とする約定は、不相当であり、その倍率は、せいぜい1.5ないし1.8倍程度にとどめるべきである(被控訴人稲川)という。

しかしながら、もともと土地の固定資産税等は、土地の所有者がその土地を相当な地代で他に賃貸するなどこれを有効利用している場合には、その土地からあげることの可能な(実際にあげているということではない。)収益(賃貸の場合で権利金等の授受がなければ賃料)の範囲内において、その一部を納税資金に充てることにより、納税することが可能であることを前提として、算定される仕組みとなっている。すなわち、固定資産税の標準税率は、固定資産税評価額の1.4パーセント、都市計画税のそれは、同じく0.3パーセントで、その税率の合計は1.7パーセントとなっているが、この税率は、土地からあがる収益が固定資産税評価額のおおよそ五パーセント程度であると想定し(そのため収益還元価格を算定する場合には、利率を約五パーセントとして、算定する。)、その約五パーセントの収益のうち、約三分の一の1.7パーセントを税金として徴収するという、おおきな枠組みを前提として算定されている。

最近における固定資産税の高額化も、このような基本的枠組みを変更するものではなく、従前、土地の収益力からみて不相当に低額な評価をしていた固定資産税評価額を、収益力にみあった金額に増額しようとするにすぎない。そして、もし、固定資産税評価額が、このような収益力(土地の収益力は建物の収益(賃料)のうち土地に帰すべき額として、鑑定可能である。)に見合う金額(土地からあげることの可能な収益を資本還元した金額、すなわち一種の収益還元価格)を上回り、これに上記の税率1.7パーセントを乗じて税額を算定する結果、土地所有者があげることの可能な収益(賃料)の約三分の一を納税資金に回しても、固定資産税等が支払いきれないという場合には、その固定資産税評価は、土地の収益力を無視した違法な評価であるとして、法の定める手続または裁判により、是正されなければならないものである。

固定資産税等の税率や、評価の仕組みがこのようなものである以上、固定資産税及び都市計画税の合計額の約三倍の収益を土地所有者があげること、すなわち、土地所有者が固定資産税等の税額の約三倍程度の額を賃料として借地人から支払いを受けることは、それが通常の事態であるとして、固定資産税評価額の評価において、前提にされているのである(固定資産税等の増加額のみが賃料として借地人に転嫁されるべきであるとか、賃料は固定資産税等の1.5倍ないし1.8倍に押さえるべきであるなどという前提ではない。)。

したがって、最近における固定資産税評価額の評価が、土地の収益力を過大に評価し、収益力に見合う金額(一種の収益還元価格)を上回る違法なものであるならば格別(本件においてそのような主張立証はなかった。)、そうでない限り、固定資産税等の金額を2.4倍した金額を地代とする旨の当事者間の合意は、合理性を失ってはいないのであって、その効力を否定すべきものとはいえない。

(二)  他の貸室並みの賃料について

被控訴人らは、本件建物内の他の貸室の賃料は、不適正なもので、参考にはならないと主張する。

本来、建物の賃料は、自由な競争(賃料が高すぎれば、他の賃貸物件を求め賃借せず、その結果賃料が下落するなどの競争。最近はそのような競争の結果、一部に下落傾向がみられる。)の結果形成されるべきものであり、賃料の増減額訴訟においても、そのような競争の結果生まれる賃料水準(いわゆる賃料に関する相場)を重視すべきものである。そして、そのような賃料水準が明らかになれば、これをもとにして、そのうち土地に帰すべきものとして、地代(土地の収益力)の水準が算定可能になり、その土地の収益力を資本還元して固定資産税評価額の上限も算定することができる。

ところが、本件の場合、適切な建物の賃料水準を認めるに足る証拠はなく(若林鑑定中の金額(一階で、一平方メートル当たり一万一〇〇〇円ないし一万三七〇〇円、二階で一平方メートル当たり七一〇〇円程度)は、三階で一平方メートル当たり八〇〇〇円から一万五〇〇〇円とする三井信託銀行の鑑定書(甲二号証)や三階で一平方メートル当たり一万六六三八円の事例があるとする岩根正之の鑑定(甲五)、さらに本件建物内の他の賃貸事例(三階の場合で、一平方メートル当たり二万一一六三円または二万二〇四五円)などに比較して、あまりに低額にすぎ参考とならない。)、比較的に参考になるのは、本件建物内の他の賃貸事例である。この賃貸事例は、賃料額が若干高めであるようであるが、同じ建物内の事例として、これを無視することはできない。また、前記のように本判決によって増額した賃料でも、本件建物内の他の貸室並みの賃料の半額にも遠く及ばないのであって、この点からも被控訴人らのこの点に関する主張は、採用することができないものである。

表2

賃料の差額

消費税の額

合計額

被控訴人馮

一二万三〇二六円

三六九〇円

一二万六七一六円

被控訴人トップ洋品店

一一万四二六二円

三四二七円<

一一万七六八九円

被控訴人稲川

九万八〇六八円

二九四二円

一〇万一〇一〇円

(三)  被控訴人らの賃料減額の意思表示について

次の事実は当事者間に争いがない。すなわち、被控訴人馮は、平成六年四月一五日、同被控訴人が賃借している原判決別紙物件目録(一)記載の店舗の賃料を月額二五万円に減額する旨の意思表示をし、また、平成八年四月二三日、同賃料を二〇パーセント減額する旨の意思表示をした。また、被控訴人稲川は、平成五年七月二六日、同被控訴人が賃借している同目録(三)イ記載の診療所及び同目録(三)ロ記載の室の賃料を約一五パーセント減額する旨の意思表示をした。

しかしながら、既に認定したとおり、従前の賃料は、相当性を欠き増額する必要があったのであって、減額を相当とする事実関係は認められず、右の減額の意思表示によっても、減額の効果は、生じていないものである。

(四)  ポンプ修理代金との相殺について

原判決の挙示する証拠によれば、被控訴人馮が平成五年四月二六日、本件建物の地下タンクから汚水を排出するポンプの修理代金として二二万二〇六八円を立替え支出し、被控訴人馮は、平成七年三月一四日、右の費用償還請求権と控訴人の本訴請求権とをその対当額において、相殺する旨意思表示したことが認められる。控訴人は、右の修理代金を償還する義務がないと主張するが、この主張は採用することができない。

そうすると、控訴人の被控訴人馮に対する賃料差額の請求で認容すべきもの(月額賃料差額一二万三〇二六円及びこれに対する消費税三六九〇円の合計一二万六七一六円)の平成五年七月分一二万六七一六円及び八月分中の九万五三五二円は、右の相殺により消滅し、平成五年八月分のうちの残額三万一三六四円(そのうち賃料の残額は三万〇四五〇円、消費税の残額は九一四円)が残っている。

6 賃料の差額

被控訴人らは、平成五年七月分以降の賃料について、これに消費税を加え、従前の額と同額を弁済ないし供託していることは、当事者間に争いがない。

そこで、本判決により増額された賃料の額及びこれに対する消費税の額は、次<表2 編注>のとおりである。

7 結論

したがって、控訴人の請求中、賃料の確認を求める部分は、前記4の結論のとおり一部認容するべきである。

また、控訴人の請求中、金銭の支払いを求める部分については、右6の賃料の差額金に消費税を加えた合計額及び右の差額金に対する借地借家法三二条二項所定の利息の支払いを求める限度で理由があり、認容するべきである。

二  よって、右一の5(四)及び7と一部結論を異にする原判決は失当であるからこれを変更し、控訴人の請求を右一の5(四)及び7のとおり認容し、そのほかの請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺生重機 裁判官小林登美子 裁判官田中壯太)

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